マラソンは市民スポーツであると同時に生涯スポーツでもあります。もちろん、他のスポーツと同じように、マラソンでも高いレベルで競技を行う現役選手達のほとんどは20代から30代前半ぐらいまでの間にピークを迎えるのですが、市民レースに参加するランナーになると30代、40代は当たり前。それどころか60代、70代、あるいはそれ以上の高齢者までの幅広い年齢層の男女が42キロを走ります。

そこでは年齢の高いランナーが若いランナーをいとも簡単に追い抜いていく光景をよく目にするでしょう。決して若くはない年齢になってからでも、自己記録を更新する人の話もよく耳にします。

言うまでもありませんが、人は年齢を重ねると、体力が徐々に低下します。筋力は衰えますし、最大酸素消費量(VO2max)に代表される心肺能力の数値も年齢とともにほぼ直線的に低下します。それなのに、なぜマラソンだけは年齢を重ねても記録を伸ばしていく人が多いのでしょうか。

平均的ランナーのピークは40代後半?

世界中で大都市マラソンが盛んになり、多くの市民ランナーがマラソンを走るようになりました。同時に、こうした大勢のランナーのデータも集積され、様々な解析が行われています。  そのうちの1つであるRunner Clickというウェブサイトでは、2014年から2017年までの間に39か国で行われた196のマラソン・レースの記録から、約3百万人のデータを解析して発表しています。

https://runnerclick.com/marathon-finishing-times-study-and-statistics/

それによりますと、マラソンランナーの人数が最も多い年代は40-49歳。そして平均タイムが最も速い年代も40-49歳と言うことです。

データ抜粋:

  • 平均タイムが最も速い年代は40-49歳(4時間22分03秒)
  • 男性に限ると、平均タイムが最も速い年代は40-49歳(4時間11分19秒)
  • 女性に限ると、平均タイムが最も速い年代は20-29歳(4時間42分10秒)

さらに、市民ランナーの場合は20代から40代までは加齢によるタイムへの影響は殆どないというデータもあります。

Declines in marathon performance: Sex differences in elite and recreational athletes

https://www.researchgate.net/publication/313589611_Declines_in_marathon_performance_Sex_differences_in_elite_and_recreational_athletes

ジョージア州大学のZavorsky氏らが中心となって行ったこの研究では2001〜2016年に開催されたボストン、ニューヨーク、シカゴの3大マラソン参加者の年代別中央値を解析しています。それによると、20歳代から40歳代までの範囲で記録はほぼ横ばいに推移し、加齢による記録の低下が始まるのはようやく50歳を過ぎた頃となっています。

データ抜粋:年代別タイム中央値

男性25-29歳:4時間11分

男性30-34歳:4時間11分

男性35-39歳:4時間12分

男性40-44歳:4時間12分

男性45-49歳:4時間15分

男性50-54歳:4時間23分

男性55-59歳:4時間36分

男性60歳以上:4時間57分

これらは大勢のランナーの平均値あるいは中央値を調べたものですが、1人のランナー個人に置き換えて考えてみましょう。加齢による影響がないのであれば、トレーニングを長く続ければ続けるだけ、走力は上がることになります。走り続けている限りは、50歳ぐらいまで右肩上がりでタイムを伸ばしていけたとしても、マラソンに関しては不思議ではないのもないのかもしれません。

加齢を補うのはペース管理?

トレーニングで走力を維持あるいは向上させる以外に、レースを何回も走り、経験を積み重ねることによって、「賢い」ランナーに成長することもできます。

Effect of age and performance on pacing of marathon runners

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5571841/

ギリシャ運動生理学研究室のニコライディス氏が中心となったこの研究では、マラソンランナーのペース配分と年齢との相関関係に注目しました。2006年から2016年までの間にニューヨーク・マラソンを走った約30万人のランナーの5キロごとのスプリットタイムを比較すると、年齢が上がれば上がるほど、スプリットタイムの変化が少なくなる、つまりイーブンペースで走るランナーが多くなるという明らかな傾向が見出されました。

仮にフィニッシュタイムが同じ4時間ジャストのランナーが2人いて、1人が20代、もう1人が50代だったとします。その場合、20代のランナーはレース前半を速いペースで走ったものの後半大失速しますが、50代のランナーはスタートからゴールまで同じペースを保って走った結果、2人は同じ時間でゴールした。そんなケースを想像することが出来ます。

セオリーを超えた超人

それでもさすがに50歳を過ぎると、平均的なランナーはタイムが徐々に遅くなっていきます。但し、これはあくまで平均の話。ピークを迎える年齢も、加齢による衰えも、ランナー個人によって異なります。さらには、世の中にはそのような常識の範疇に収まらない超人もまた存在します。

世界で初めて70代でサブ3を達成したランナーとなったEd Whitlock氏は、男性70-74歳(2:54:48)、75-79歳(3:04:54)、80-84歳(3:15:54)、85-89歳(3:56:38)の4つの年代で年代別マラソン世界記録を保持しています。

データ:https://world-masters-athletics.com/wp-content/uploads/2018/02/recordnonstadiamen2017.pdf

つまり70歳を過ぎてからも15年以上、同世代の世界トップであり続けたわけですが、Whitlock氏の記録を細かく見ていくと、さらに驚くべき記録が見つかります。氏は70歳ちょうどのときに3:00:03と惜しくもサブ3を逃しているのですが、なんと72歳で2:59:09、73歳で2:54:48と、70代になってもタイムを5分以上伸ばしているのです。

データ: https://arrs.run/SA_Mara.htm

Whitlock氏は2017年に86歳で亡くなっていますが、死の約5か月前に走ったマラソンのタイムが3:56:38です。

死ぬまで18と言う言葉がありますが、たとえ本当に18歳であっても、マラソンでサブ4を達成することはそれほど簡単なことではありません。誰もがWhitlock氏のような超人になれるわけではありませんが、少なくともマラソンは年齢を理由に自己記録更新を諦めなくてもよいスポーツであるということは言えるでしょう。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

 

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