長距離走のトレーニング方法について述べた理論は数多くあります。その中には日本独自のものも当然含まれるわけですが、今でも英語圏のランナーやコーチ達の中に広まっている理論の多くは以下に挙げる先覚者たちによって唱えられました。

Arthur Lydiard (1917-2004)

おそらく世界で最も高名なランニング指導者だとされるのがニュージーランド出身のArthur Lydiard氏です。1940-50年代にこの小さな国から長距離走の分野で何人ものオリンピックメダリストが輩出する原動力となったLydiard氏はピリオダイゼーション(Periodization)の概念を長距離走に初めて持ち込みました。

ピリオダイゼーションとは長期的な計画を基に期間ごとのトレーニングを目的に応じて変えることを指します。Lydiard氏の理論では1つのレース前のトレーニング期間を数か月とし、以下の4つの段階に分けます。

  • 基礎コンディショニング期 - 長距離のジョギング中心 (10~12週間)
  • スピード・トレーニング期 - 坂道やインターバル走中心 (6~8週間)
  • 無酸素能力トレーニング期 - スプリント走中心 (4~6週間)
  • レース準備調整期 - 休息、テーパリング (1~2週間)

2か月以上に渡る基礎コンディショニング期間は週に160キロ以上(月間に直すと640キロ)の走り込みを行い、それから量から質へとトレーニングの目的を徐々に移行していく段階的トレーニング方法です。距離はともかくとして、このアプローチは現在でも長距離走のトレーニング計画を立てる際に主流となる考え方です。

 

Bill Bowerman (1911-1999)

ニュージーランドでLydiard氏に師事し、その理論を継承し発展させ、さらに米国に広めたのがナイキの共同創始者でもあるBill Bowerman氏です。

Bowerman氏は上記のピリオダイゼーションに基づくトレーニング周期の中で、さらにトレーニング強度を日によって変化させるアプローチを取り入れました。ハードな練習をする日とジョギングなどでつなぐ日を分けるやり方は現在でもよく用いられています。

 

Jack Daniels (1933 ~ )

近代五種競技でオリンピック・メダリストの経歴を持ち、米国オリンピックチームのコーチも務めたJack Daniels氏は長距離走のトレーニングで用いるペースをさらに細かく分けて、それぞれの目的を明確に定義しました。

  • 長距離(Easy / Long)ペース - 最大心拍数の60~79%
  • マラソン(Marathon)ペース - 最大心拍数の80~85%
  • 閾値(Threshold)ペース - 最大心拍数の82~88%
  • インターバル(Interval)ペース - 最大心拍数の97~100%
  • リピート(Repetition)ペース - 短距離走で最大スピードの繰り返し

 

Daniels氏は特に閾値(Threshold)ペースでのトレーニングを重視し、ランナーが専門とするレースの距離に応じて、以下のようなメニューを提唱しました。

  • 1500-3000m走: 1000~1600m を1分間の休息を挟み数回繰り返す
  • 5000-15000m走: 1600~5000m を3分間の休息を挟み数回繰り返す
  • ハーフ及びフルマラソン:1600~10000mを1~5分間の休息を挟み数回繰り返す

それぞれレースより短い距離とより速いペースで走ることで、スピードとスタミナの両方を同時に鍛えることが目的です。ペース・ラン、あるいはテンポ・ランとも呼ばれます。

 

エリート・ランナー向けトレーニング理論の弊害

Lydiard氏, Bill Bowerman氏, Jack Daniels氏の3人が確立したこれらの方法論は長い間ランニング界における世界的なスタンダードとして機能してきました。もちろん、彼らだけが理論家だと言うわけでありませんが、今でも多くのトレーニング理論は多かれ少なかれ彼らの影響下にあると言って差し支えないでしょう。

彼らは多くのオリンピック・メダリストを育てたり、代表チームのコーチを務めたりしたことで信用と権威を得ました。当然のように彼らの方法論はそうした専門のエリート・ランナーに適したものでした。

ところが、エリートならざる一般の市民ランナーたちがこれらの方法論をスケールダウンしたやり方で行うのは、いくら走行距離やボリュームを引き算したところで、やはり無理があるようです。世界的に市民マラソンの人気が高まるにつれ、市民ランナーの多くは何かしらの故障に見舞われることが分かってきました。ハーバート大学が2012年に行った調査によると、日常的に走っている人のうち実に79%が故障を経験したことがあるそうです。

 

Brian MacKenzie

そうした状況に対して声を上げた1人がBryan MacKenzie氏です。MacKenzie氏が提唱した『CrossFit Endurance』では走るトレーニングは週2、3回にとどめて、残りの日をクロスフィットのトレーニングをすることが骨幹になっています。特にポイント練習の合間に行う一般に「つなぎ」と呼ばれるジョギングを排し、その代わりに筋力トレーニングを行うことで怪我のリスクを減らし、パフォーマンスも上がると主張しました。2000年代からのクロスフィットの人気上昇も役立って、MacKenzie氏の理論は一定の評価を得ました。

 

まとめ

以上、非常に簡単に長距離走トレーニングにおける代表的な理論家を何人か紹介しました。言うまでもありませんが、彼らの理論はこれだけのスペースで伝えきれるものではありません。日本語に翻訳されたものもそうでないものもありますが、彼らの理論は多くの書籍になっています。興味がある人はより深く研究することをお勧めします。

 

角谷剛(かくたに・ごう

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