「仮説に対する反証のないところに、科学の発展はない」 - 村上春樹著『海辺のカフカ』より

一般的に科学研究は結果がこうなるであろうとする仮説を立てて、それが正しいか否かを証明する形で行われます。仮説とはまったく無から生み出されることはあまりなく、多くの場合は既存の研究や経験から導かれた「根拠がある推測」あるいは「予想」と言い換えることができます。

筋力トレーニング(以下、筋トレ)はランニングに効果があるか? という問いにノーと答える専門家は、一昔前ならいざ知らず、現在ではあまりいないでしょう。数多くの研究が筋トレはランナーの能力を向上させることを示しています。

参照記事:「筋力トレーニングがランニング・パフォーマンスに与える効果・逆効果

仮にランナーに筋トレは必要ないと否定する指導者がまだいるとしたら、その人が周囲から「時代遅れ」とか「非科学的」とかのレッテルを貼られるであろうことは想像に難くありません。

下で紹介する論文著者らも「筋トレはランニング・パフォーマンスを向上させる」という仮説を立て、それを検証するべく実験を行いました。すると意外な結果が出ました。

研究事例:市民ランナーが筋力増強トレーニングと耐久力トレーニングを同時に行うことのランニング・パフォーマンス及びランニング・エコノミーへの影響

Effects of a Concurrent Strength and Endurance Training on Running Performance and Running Economy in Recreational Marathon Runners.

Ferrauti, A., et. al., 2010

https://journals.lww.com/nsca-jscr/Fulltext/2010/10000/Effects_of_a_Concurrent_Strength_and_Endurance.26.aspx

研究内容:

22人の市民ランナーを無作為で11人ごとの2グループに分け、1グループは筋トレ+ランニング(ES)、もう1つもランニングのみ(E)としました。8週間のトレーニング期間中、ESグループは週2回の筋トレと週平均で240分のランニングを行い、Eグループは週平均で276分のランニングのみを行いました。

結果:

8週間のトレーニング期間終了後、両グループ間にVO2Maxや嫌気性閾値の値に有意な差は生じませんでした。つまり、筋トレをしてもしなくても心肺能力に違いは生じませんでした。ESグループのみに膝のエクステンション、つまり脚の筋力に向上が見られましたが、ストライドの長さや回転数は両グループとも変化がありませんでした。論文著者らは8週間に及ぶ筋トレとランニングを組み合わせたトレーニングはランニング・パフォーマンスとランニング・エコノミーに対する効果はなかったと結論で述べています。

著者の考察

さて、困りました。筆者はクロスフィットのコーチが本職で、他に高校のクロスカントリー走部の指導も行っています。毎日走ってばかりだとケガをするし、効果もないぞ、と様々なレベルや年齢層のランナーたちに筋トレを推奨してきました。筋トレをやってもランニングに効果はないという結論は、筆者にとって非常に都合が悪いだけではなく、ストレングス&コンディショニング・コーチとしての存在意義にかかわります。

そこで、最初から最後までよく論文を読み返してみました。するとやはり、反論材料が見つかりました。

この実験で採用された筋トレの内容は以下の通りです。

  • 火曜:下半身中心の筋肥大トレーニング(3~5回を4セット、5種目)
  • 木曜:上半身と体幹を中心の筋持久力トレーニング(20~25回を3セット、6種目)

 

週2回の筋トレを曜日によって目的を変えています。そのこと自体は悪くはないのですが、逆に言えば、1つの目的に沿った筋トレは週1回しかありません。しかも実験期間はたった8週間です。これでは大きな成果は望めません。筋トレに効果がないのではなく、効果が出るまでの筋トレを行っていないのです。

論文著者らも論文の最後に「実際の導入」(Practical Applications)という段落を付記し、充分な効果を得るためにはレースの6か月ぐらい前から筋トレを開始するとよいのではないか、という提案を行っています。筆者も筋トレで効果を出したいのであれば、最低でも3か月以上は必要だと経験からは思います。ただし、この論文著者らの提案にも、筆者の経験にも科学的根拠はありません。

ランニングに限らず、ダイエットでも育毛でも財テクでも何でも構いませんが、○○をするとXXの効果(あるいは逆効果)があるというタイプのノウハウ情報が世の中には溢れています。そして人は自分にとって好ましい結論に目を引かれやすい傾向があります。ところが、現実にはイエス・ノーの2択で割り切れないケースが多く、容易に結論に飛びつくことの危険性も知っておくべきではないでしょうか。

 

角谷剛(かくたに・ごう)

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