ヴェイパーフライを使っている選手に対して批判の目を向ける観戦者たち。

結果を全てシューズのおかげだと言わんばかりの取り上げ方をするメディア。

自分に合っているのにもかかわらず、ヴェイパーフライを使わず、使っている人を批判する競技者たち。

そして、ヴェイパーフライがないと生きていけなくなった競技者たち。

ヴェイパーフライ規制に関する議論を聞いていると、ルールのあり方を巡って様々な立場におかれた人たちがいることや、それぞれの考え方が露わになりました。

使用していない競技者はルール規制すべきだと主張し、使用している競技者は規制すべきでないと主張する。それぞれの立場において、賛成か反対かどちらか側に偏った意見がとても多く見られます。

ルールというのは、自分にとってどれが都合が良いのかという観点から議論してしまいがちですが、全体にとって何が良いのかという観点から考えるべきものです。しかし、こうした規制に関する議論をする際にはその人の主張が置かれている立場に影響されていることが多いです。

規制に関してどうするべきか、という議論は散々聞きましたが、中立的な立場でヴェイパーフライの規制について取り上げられることはほとんどなく、今回このテーマについて取り上げることにしました。

本記事ではシューズに規制をかけることに賛成か反対かの議論をするのではなく、それぞれの立場の人に対してもう少し広い視点を持ってもらえるような考え方を紹介しますので、これからのルール規制に関してそれぞれどうしていくべきか参考になれば幸いです。

使用している選手を批判したりシューズだけに注目する観戦者・メディアの方々

選手にはルールの中で最適な方法を選択する権利があります。そのルールの中で最適な選択をしている選手が批判されることがあってはいけません。

批判をぶつけるにしても、その対象は使用している選手ではなくそれを認めている制度に対してではないでしょうか。ルールは完璧だという保障はありません。もしルールに不備があると感じるのであれば、しっかりと声をあげていくことは大事なことです。ただ、現行ルールを守って競技をしている選手は関係ありません。

大半が同じシューズを履いていて、面白くないなと思ったり不平等さを感じる部分もあるかもしれませんが、選手は一つの大会のために何ヶ月も準備を重ね、本番を迎えているため、最後、本番で使うシューズに関しても最適な選択をすることは当たり前のことです。飛び抜けて良いシューズが出た時にそのシューズを利用する人が多くなるのは当然の流れでしょう。

また、メディアではヴェイパーフライを使って良い成績を収めた選手やチームの功績に対して、全てシューズのおかげだというような表現がよく見られますが、それは選手の努力を否定し、選手が最適な選択をする妨げにもなりかねませんので、本番で使用したシューズだけではなく、本番までに積み重ねてきた過程にも注目してあげて欲しいなと思います。

不平等だと嘆いている反対派の競技者たちへ

本シューズが規制されるべきかどうかの議論では競技規則に記載されている「誰でも合理的に利用できる」ものかどうかという視点はよく取り上げられます。

ヴェイパーフライは価格帯としては3万弱、一般向けに広く販売もされており、基本的には誰でも手に入れられるシューズである一方で、スポンサー契約の関係で実際にはシューズを他のメーカのものに乗り換えるのが難しい立場にあることから、「誰でも合理的に利用できる」ものではないという主張も見られます。

本当にそうでしょうか?

スポンサーに関しては必ずしも契約している実業団チーム等に属さなければいけない訳ではありません。契約や転職の自由は誰にでも保障されています。

さらに、転職までしなくても、アディダスと契約しながら、レースではナイキのシューズを利用した青山学院大学のように交渉次第で他の企業とのスポンサー契約を続けながら他のメーカーのシューズを利用するという方法もあります。

もし、現状で他のメーカーのシューズを利用できない状況だったとしても、制度が変わる前に本当に自身で行動できる部分がないのか、考えてみて下さい。

シューズに頼りたくない選手・監督たち

シューズを利用することを頑なに認めない選手や監督たちも一定数存在します。

ルール内なのに最適な選択をせず、不利な条件で戦った人が良いとされる風潮は良くありません。それが良いとされるのであれば、シューズに関しても極端ですが、アベベのように裸足という不利な条件で走るのが良いってことになりますよね。注目はされると思いますよ。

不利な条件で戦っても周りの評価には影響があるかもしれませんが、直接結果には反映されません。最前線で競技をしている選手やその監督はルールの中で最適な方法を選んでベストを発揮することが求められているので、第三者の目を気にして最適な方法を選ばないというのははっきり申し上げて競技者・監督としては失格です。

※某シューズを使わない選手を批判している訳ではありません。シューズに関しても最前線で競技している競技者なら、自分にとって一番最適だと思うものを選択するべきだということです。

規制されることに猛反対している競技者たちへ

規制に反対している人で一番多いのがシューズを利用している競技者の方でしょう。ルール制定に関する根拠は色々と議論されていますが、決まってしまった規則に対していつまでも文句を言っていても何も変わりません。どんな理由であれ、競技連盟がダメと言えばダメなんです。

そして、今のシューズが使えなくなった場合に選択肢を無くしてしまうのは本当に情けないことです。こちらも同様にルールの範囲内で最適な行動を取る力が足りないかなと思います。そうならないように規制後どうするかの選択肢をしっかりと考えておいた方が良いでしょう。

ただ、あまり悲観的になり過ぎる必要はありません。新しいルールが作られるとその中でまたシューズの開発競争が進み、どんどん新しいシューズが出回っていくので、またその中ですごく良いものが出てくる可能性は十分にあります。画期的なものが作られた場合も、規制される場合も、常にその時のルールの中でうまく最適な選択を取ることが重要です。

相対的な見方の重要性

良いシューズが開発されて全体のレベルが上がったとしても、基本的に変わらないのは順位です。(ルールに対応する能力も含めた総合力として)

このように画期的なシューズが出てきて全体的にレベルが上がった時は、以前の自分と比べてどうなのかということに加えて、他の人と比べてどうなのか、ということも大事な要素になってきます。例えば、同じレベルのランナーの10000mの記録が平均で30秒伸びたというのであれば、自分はそれ以上の伸びをできているかどうか、ということを考える必要があります。

また、新しいことを取り入れて、タイムが上がっても、もしかしたらそれはシューズの恩恵かもしれません。錯覚を起こさないためには、以前と同じ条件でどう変わっているのかを比べることも重要になってきます。

最後に

今回の厚底シューズの取り組みでランナーのパフォーマンスを上げるシューズの作り方に関する方向性が見つかったのではないでしょうか。

日本のマラソン界は前日本記録保持者の高岡寿成さん以来、10年以上記録が更新されず、「失われた10年」と言われる程停滞が続いている状態と言われていました。本来であればシューズは良くなっているはずなのに、ずっと記録が更新されなかったことは異常だったと言うべきなのかもしれません。

しかし、シューズの進化もあって、ここ数年でやっと時が進み始めたような感じがします。駅伝などでは区間記録が連発するなど、インフレが起こっていますが、競技者にとって当たり前の水準が上がることはとても良いことだと思います。陸上長距離界は非常に盛り上がっていますので、これが今後も続いていくと良いですね!

 

福田 裕大

画像出典:

https://www.nike.com/

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