
けいれんは何故起きてしまうのか
長距離ランナーにとって最大の悪夢はレース中に脚の筋肉が攣ってしまい、けいれんを起こすことではないでしょうか。走っていて突然発生する筋肉のけいれんは多くの場合は大怪我までには至りません。けいれんの程度にもよりますが、痛みをこらえて、歩いたり、ストレッチをしているうちに、しばらくしたら収まります。痛みは段々消えていって、また走り出すことも出来るでしょう。とはいえ、レース中に一度でもけいれんを起こしてしまったら、大幅なタイムのロスは避けられません。自己新記録を狙ったレースでは致命的です。
この厄介なけいれんがレース中に起こる原因として、従来は以下の2つだとする説が長い間主流でした。
- 脱水状態
- ナトリウムなど電解質の欠乏
ところが、最近の研究で、ランニング中に起こるけいれんの原因は他にあるのではないかと指摘する説が注目を浴びています。
脱水も電解質もけいれんの原因ではない
南アフリカ・ケープタウン大学のSchwellnus博士が発表したこの論文によれば、身体の中の水分レベルや電解質濃度はけいれんの発症とは無関係だとしています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15273192
この論文の根拠となった研究では、あるウルトラマラソンを走ったランナー72人に対してレース前後の体重や血液サンプルを比較したところ、けいれんを起こしたグループと起こさなかったグループの間に体重の変化や電解質濃度において顕著な違いはありませんでした。
実力以上のスピードと過去の故障歴がけいれんを誘発する
Schwellnus博士は別の論文でランニングのスピードと過去の故障歴の2つをけいれんに結び付けています。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21148567
ここではあるトライアスロンのレースでけいれんを起こした43人のグループと起こさなかった166人のグループに分けて、レース前後にインタビュー、身体検査、及び血液検査を行いました。その結果、2つのグループ間で顕著な違いがあったのは、1)過去の成績に比べてレース中のスピードが速すぎたか否か、2)過去10レースでけいれんを起こしたことがあるか否か の2つだけでした。けいれんを起こしたグループのアスリートはどちらの問いもYESだったことは言うまでもありません。この研究においても体重の変化と電解質濃度はけいれんの発症との間に因果関係は認められませんでした。
神経筋制御の変化がけいれんの原因?
それでは何がけいれんの原因なのか。残念ながら、現時点ではその問いに答える明確な定説はまだありません。ただ、現在ではけいれんは神経筋制御の変化によって起こるのではないかという説がやや有力です。
その説を主張する論文の1つが下のものです。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21430526
それによれば、神経性制御の変化説はけいれんが発生するメカニズムを以下のように説明しています。
筋肉が疲労する → 筋肉の収縮を調節する神経の能力が低下する → 運動ニューロンが働かなくなる → けいれんが発生する
けいれんを起こしたことがある1ランナーとしての経験からの考察
けいれんはレースの終盤、フルマラソンで言えば30キロの壁を越えた頃に起きやすくなります。つまり筋肉が極度に疲労した状態です。その状態でランニングスピードを上げようとすると、筋肉の収縮に神経が追いつかなくなります。
レース中にけいれんが起きたときに、給水エイドが近くにあるとは限りません。すぐに水やスポーツドリンクを摂取できない場合もままあります。従って体内の水分レベルも電解質濃度もけいれん前と変わらない状態であるにもかかわらず、しばらく歩いたりストレッチをしているうちに、つまり筋肉疲労がやや和らぐとともに、けいれんが収まった経験を持つランナーは多いでしょう。
そのことからも神経性制御の変化説がけいれんの原因としては有力であると思われるのですが、まだ決定的に因果関係を証明する科学的根拠はありません。
けいれんの予防
それではけいれんを起こさないためには何をすれば良いのでしょうか? けいれんの原因が完全に究明されていない以上、それを完全に予防できると証明された方法もまたないということになります。
有力な仮説として、神経性制御の変化説を信じるとすれば、以下のことが考えられます。
- 練習以上のスピードでレースを走らない。
- 筋肉が疲労した状態で走るシミュレーションを行っておく。
- 筋持久力を高める。
- レース終盤の地形や路面状態に慣れておく。
注意して頂きたいのは、脱水状態と電解質の欠乏がけいれんの原因ではなかったとしても、長距離走レースにおける給水と栄養補給の重要性は何ら変わらないということです。
[筆者プロフィール]
角谷剛(かくたに・ごう)
アメリカ・カリフォルニア在住。IT関連の会社員生活を25年送った後、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州アーバイン市TVT高校でクロスカントリー部監督を務める。また、カリフォルニア州コンコルディア大学にて、コーチング及びスポーツ経営学の修士を取得している。著書に『大人の部活―クロスフィットにはまる日々』(デザインエッグ社)がある。
【公式Facebook】https://www.facebook.com/WriterKakutani
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