高地トレーニングとは

高地トレーニングの調査や研究が行われるようになったのは海抜2000メートル以上に位置するメキシコ・シティが会場となった1968年のメキシコ・オリンピックがきっかけだったと言われています。以後、有名なマラソン選手、トライアスリート、水泳選手、サイクリストなど、数多くの耐久競技のアスリートが高地トレーニングを行うようになり、もはや目新しいメソッドではなくなりました。

高地では酸素が薄いので 血中の酸素濃度が低下します。すると 体は環境に適応して、体内の赤血球数やヘモグロビン濃度が増加します。その結果として心肺能力が飛躍的に向上する。この公式自体に疑いの目を向ける人は皆無になったとも言えるでしょう。

2つの困難

しかしながら、高地トレーニングには2つの避けられない困難があります。1つはそれを実行することであり、もう1つは効果を正確に測定することです。

テキサス州立大学のフランク・ワット教授が2014年に発表した下の論文では高地トレーニングによって競技パフォーマンスを向上させるには、高度2100~2500メートルの地点で最低3週間以上のトレーニングを積むことが必要であるとされ、現在のほぼ定説となっています。

https://www.researchgate.net/publication/289829473_Physiological_responses_to_altitude_A_brief_review

オリンピック選手などのエリート・アスリート選手はともかくとして、一般のアマチュア選手がそれだけの期間を高地の条件を満たす場所に滞在してトレーニングを行うのは、現実問題として非常に難しいことは言うまでもありません。

1つめの困難を克服して高地トレーニングを実行したとして、求めた効果が上がったかどうかを正確に見極めるのも、また非常に難しいことになります。なぜなら競技パフォーマンスにはいくつもの要因が複雑に組み重なっていて、どこまでが高地トレーニングの効果(あるいは逆効果?)なのかを特定することが困難であるからです。

筆者はかって1週間だけの高地トレーニング合宿に参加したことがあります。海抜2400メートル地点(富士山6合目ぐらいの高さ)にベースキャンプを構え、毎朝12~20キロのラン、午後は山歩きという毎日を送りました。たった7日間だけの合宿でしたが、合宿の前後に測った3マイル(4.8キロ)走のタイムが約1分40秒も速くなるという劇的な変化がありました。

ですが、それをもって高地トレーニングには効果があるとは簡単に断じることは出来ません。タイム向上の理由は、低酸素適応による心肺能力の向上なのか、走り込みによる筋力強化のためなのか、はっきりと区別することは出来ませんし、合宿から帰ってくると2キロほど痩せていましたので、そのせいであるかもしれないからです。

その1週間合宿の詳しい内容は以下にあります。

https://sportie.com/2018/08/high-altitude-training

“Live High Train Low”

高地では心肺能力は向上しても、トレーニングそのものの強度やボリュームはどうしても落とさざるを得ません。単純に言って、高地で平地と同じ距離やスピードで走るのは無理なのです。そうなると高地トレーニングの結果として心肺能力は向上しても、脚力は落ちてしまうということにもなりかねません。

そのような懸念から、高地トレーニングにさらなる改良を加えて、現在の主流とも言えるのが、Live High Train Low (LHTL)という方法論です。つまり高所で生活をして、トレーニングは低地で行うのが、競技パフォーマンスを上げるのに最適な方法であるという考え方です。

オーストラリア国立スポーツ研究所が2013年に発表した論文では2000~3000メートルの高地に住んで、且つトレーニングは海抜ゼロの地点で行うことを勧めています。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3772580/

この方法はたとえ机上では効果が証明されたとしても、実際に行うことは不可能に近いでしょう。高地から低地までの移動を毎日行いながら、かつトレーニングを一定期間継続するのは、一般のアスリートにはとうてい無理であることは容易に想像できます。

高度をシミュレーションする低酸素テント

その実行が困難なLive High Train Low (LHTL)を疑似的に実現するために発案されたのが低酸素テントやマスクです。トレーニング場所を変えることなく、夜間の就寝時間や日中の休憩時間を低酸素テント内で過ごすことによって(あるいは低酸素マスクを着用することによって)、高地トレーニングと同様の効果を得ようとする試みです。

そうした低酸素シミュレーションの代表的メーカーであるHypoxico Inc.のホームページでは様々なサイズのテントやマスク、ジェネレーターなどの製品が紹介され、オリンピック水泳競技で23個の金メダルを獲得した マイケル・フェルプス選手も低酸素テントの使用者として登場しています。https://hypoxico.com/sleeping-at-altitude/

ところが、この低酸素テントであっても、その実際の効果に疑問を呈する研究がないわけではありません。

ニュージーランド・オークランド工科大学のE.A. Hinckson教授を中心とした研究チームが発表した下の論文では、20人の長距離ランナーを2500-3000メートルの高度をシミュレートした低酸素テントで24-30日間に渡って1日12時間以上過ごすグループと、通常の生活をするグループの2つに分けて、4週間のトレーニングを行ったところ、両グループの間にパフォーマンスの向上度に顕著な差は出なかったということです。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1440244005800611

まとめ

高度トレーニングに限らず、あるトレーニング方法に効果があるかどうかには必ず個人差があります。たとえ100人中99人に効果があっても、あなた1人に効果が表れなかったら、その方法にはあまり意味がないということになりますし、逆もまた然りです。ただ、その方法の目的や意義についてはアスリート1人1人がきちんと理解しておくことは大切なのではないでしょうか。

 

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

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